ぱぱぱや*おかたづけマガジン暮らしとおかたづけ>生きるチカラ

 

生きるチカラ

ぽぽいにとって忘れられない記事があります。

週刊誌のグラビアだったのですが、世界各国の普通の家庭の家財道具を、
ぜ〜んぶ外に並べて撮った写真が載ってました。
写真のサイズはほぼ同じ なので、
家財道具が多ければ、トーゼン遠景になっちゃいます。
日本のとある ご一家は、お顔もわからないほどヒトが小さかった。
確か、数はイチバン だったと記憶しています。
先進国といわれる国々でも、普通のお家では、
そんなにたくさんのモノに囲まれて暮らしているわけではないみたいです。

一番少なかったのは、アフリカのとある部族のご一家。
全部で16点。
服も食器も入れて、です。
狩りのためのヤリも、ナントカという神様の像も ありました。
で、お母さんが、もうすぐ一人立ちする息子のために木を削って
食器を作っていました。
にっこり笑ったご一家の笑顔、大きく写っていましたよ。

なんというか、ぽぽいはショックでした。

今、我が家にある物のうちで、なければ困るものってどれくらいあるだろう・・・
よく考えます。
ぽぽい家は物の数は少ないほうだと思うけど。。。。
先日、犬の鳴き声を分析して、何を要求しているのかを知る研究というのが
TVで紹介されていました。
人間の赤ちゃんにも応用するとか。
何するのかと 思えば「赤ちゃんの要求がわからないお母さんのため」
こうやって、道具や モノにヒトの肩代わりをさせることで、
ヒトの能力はだんだんダメになるのでは ないだろうか・・と思っちゃいました。
ベンリの落とし穴。
家事を一手に担う女性が、 何かやりたいと思えば、
電化製品というお手伝いさんは必要でしょう。
だから、 食器洗い機も乾燥機も否定しません。
でも、食器を洗うこと、洗濯物を干すこと よりも、
仕事や趣味が「エライ」とも思いません。
同様に、女性ばかりが家事を担う のも当然だとは思いません。
家族がそれぞれ、自分のことは自分でするように すれば、
機械を入れなくても、主婦だって好きなことはできるはずですよね!
自分のことをヒト任せにする日常をおくる男性・子供諸君は、
知らず知らずのうちに 「生きるチカラ」を弱めているのではないかーそんな気がします。
他者の世話に 明け暮れて、自分の時間が持てずに
ストレスをためている主婦とて、「生きるチカラ」 が萎えちゃいます。

料理研究家の大原照子さんは、旅行かばんひとつの生活を何年か体験し、
モノを持たない身軽さ、気軽さ、手軽さ、
そして、暮らす上で本当に必要なモノは 何かを考えることを「体験」したそうです。
私も、高校時代は下宿暮らしだったので、モノは少なかった。
寮生活、新婚時代、みなさんも一度は「厳選したもので暮らす」体験をしたはず。
その時に、「もっとモノがあったらなあ」って思っていたでしょうか?
戦後のモノのない時代を経験した世代の方は、やはり
「もっと持ちたい」 「もっと便利なものを」と思われるようですが、
その子供の私たちは、皮肉にも “モノの多すぎる苦しさ”を経験しています。

ボタンひとつで何でも出来る便利さと引き換えの「苦しさ」なのですが、
同時に、 暮らす実感も希薄になっているになっている気がします。
一度、モノの少ないすっきり気分と、それの裏腹の不便さを体験し、
どこまで、モノの間引きをするのが「自分流」なのか、
それを見極めることが必要なのではないかと思います。

「生き方だって散らかっていたら、命の使い方がわからないでしょ」

数年前読んだ、町田貞子さんの雑誌の記事中のお言葉です。
御年83才。身辺の整理を始めたとの記事でした。

限りある人生の時間のうち、お片づけにわずらわされる時間、
いらいらしてる時間、 くよくよ悩んでいる時間はどれくらいあるんだろう。
その時間を、好きなこと、打ち込めること、ライフワークに使えたら、
どんなに 充実することだろう・・・
いや、もしかすると、毎日をいきいきと過ごすことが、
身辺の余分なモノモノをそぎ落とすきっかけになるかもしれない。
どこかで、流れを変えることーを模索していきたいと思っています。