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  ぽぽいのおかたづけ革命


vol. 11 [荷造り]

旅行の荷造りは、お片づけに通ず? 旅行の荷物は、少なければ少ないほどラク。だから持っていくモノ を厳選します。「これは・・・もし○○だったら困るから入れよう」 なんて言い出したら、カバンがぱんぱんになること必須。この傾向 のある人は、お部屋のあちらこちらに「あると便利カモ」というモ ノがいっぱい飾ってあるのではないでしょーかー??
「なくてはならないもの」と思われるモノの中にも、案外なけりゃ ないで済んじゃうモノあります。ライフスタイルにもよりますが、 ぽぽい家には電子レンジがありません。でも、ちゃんとお弁当もで きますよ〜解凍もタイミングの問題だし。
「あれば便利カモ」なモノならば、なおさら再考の余地あり。それ によって得られる時間・手間・快適さ・満足感と、それが占めるス ペース・出し入れやメンテの手間・死蔵品化しているなら、その無 駄・目に入るたび、ちりりと溜まるストレス。 どちらをとりますか? 

vol.12 [一生]

ひと昔前は「掃除」のカテゴリでくくられていたであろうお片づけ。 モノ余りの時代になり「いかに収納するか」各種テクニックとその 道の達人現る。が、スペースとテクを考えても、モノが減るわけじ ゃあない。そこで「いかに捨てるか」このへんから、心理的要素も 考慮の対象になる。さあ、捨てた。スペースも空いた。今度はこの 先ーだと思いはじめたぽぽいです。
幸せや豊かさの条件が「モノを持つこと」である限り、一定の周期 で、家中の点検・要不要のジャッジ・捨てる苦しみが再現されます。 モノ余り大国のセンパイ、アメリカの著者の本には
「一生かかっても終わらないかもしれない、ゴミの山との格闘」
なんて書いてあって、つまりは「このまんま一生、余分なモノに囲 まれたストレス暮らしで終わるのか?」というモンダイ。いかにこ の先、生きていくのかーライフスタイルを見直すことに他ならない のですが。
人生折り返し点を過ぎると、
「あと40年生きるとして、この割り箸の束は使いきれるのか?」
なんてことを考えるようになります。
「捨てたら、必要な時に手に入らないのか?」
「買うとしたら、いくらの出費か?」
「捨てた後の後悔の度合いは、ランクAかBか?」

・・・・「その割り箸に、なんかあんのかぁ?」 いえ、べつに・・・

vol. 13 [行事]

 いつのまにか、私達の生活から季節感が薄れ、節目になる いろんな行事も、すたれつつあります。
 子供の節句、お祭りなどは、準備と後始末がタイヘンだけ れど、奥にしまいこんだモノを引っ張り出すよい機会でも あります。年末の大掃除・衣替えなども、一度はモノに風 を通すチャンスなのです。それらの行事をしなくてよいと いうことは、死蔵品は半永久的に目にふれないままーとい うこと。面倒な行事はパスしても、家中のモノの点検を、 あえて意識的にする必要が生じたということなのです。
しまいこんだものは、見ないようにやり過ごすことが可能。 持ち家であれば、お引越しもないし、とりあえず快適には 毎日を過ごせる。では、何を収納したのか忘れてしまった 押入れの奥には、いつ、誰が手をつけることになるんだろ う?自分の死後、子供達だろうか。それとも、家事を自力 でできなくなった時に頼むヘルパーさんだろうか。子供に あきれられながら、または兄弟か義兄弟かヨメに、叱られ ながら、不要品の始末を決断させられる自分ーこんな風に 他人の目や他人の手を煩わせる様子を、具体的に思い描け ば、「今できるときにやっておかなくては」と思えるので はないでしょうか。
いささかシビアなお話ですが、実は高齢の方のご家庭で よくあるケースなのです。ご参考までに。

vol.14 [生活実感]

 仕事が立て込んで、徹夜したり夜更けまで外出していたりの 日々が続くと・・・当然、あちこちモノが散乱しています。戻すひまがない!
   いつもの家事ができていないと、こんなに生活している実感が薄い ものか、と久々に驚いています。いつ食事したのかも定かでない。
「暮らす」ということは、「生きる」ことと重なっているんですね。 ていねいに暮らすことは、ていねいに生きることなんだー そして、ていねいに生きられることが実は幸せなんだな、きっと。
女性も仕事をするのが当たり前になり、家のしつらいや家事全般を 女性が一手に担う時代ではなくなりました。女性が働くのは、必ず しも金銭的な事情ばかりからではないけれど、じゃあ、男性が家事 をするようになったかといえば、そうとはいえない。結局、家の中 を整える人手が不足する事態となっています。そして、増えた分の 収入で、家具を、モノを増やす。片付けられない。
働くこと、イコール、外に出ることではないし、金銭的に豊かに なるためだけに、あくせく働くことはない。
生きていく上で必要最小限の糧を得るためにだけ働き、仕事以外の 時間を自己実現のために、家のしつらえのために使う、そんな 「ミニマムな暮らし」も悪くないのではないかーと最近思うのです。

vol. 15 [非常事態]

揺れました・・・ ’03年9月の十勝沖地震、ぽぽいも朝っぱらから柱にしがみつきました。 ゆらゆらしている時間が長かったので、わりと頭は醒めていて、 「どうしようかな、バッグはリビングだしなー」とか「ラジオって 電池切れてないかなー」とかつらつら考える。とっさの時って、肝 心なことを思いつけないものなのですねー非常持ち出し袋、必要ダ。
道東地区は、10年くらいの周期で大きな地震のある地域です。 なので、住人の皆さんは備えが万全。家具は固定し、揺り返しのく るまでの間に、火の気を消し、避難経路を確保するなど、心構えが 違います。なので、マグニチュードが大きい割には被害が少なかっ た。有珠山のふもとの町も、前回の噴火の後作ったハザードマップ と避難訓練が効を奏したそうです。人間ってすごいなー。 
  このサイトの読者の皆さんは、お片づけが苦手な方が多いとお見 受けしますが、たとえば、廊下にモノがあったり、家具の上にいろ んなモノが積んであったりすると、災害時に命に関わるんですよ。 数年前の雑居ビルの火災も、非常扉前に置いてあるモノで扉が閉じ られなかったことが被害を大きくしました。「掃除しなくても死な ないわよー」は嘘です。すっきりしていない部屋は危ないのです! 

vol. 16 [愛着]

 地震や噴火など、自然災害のたびに思うことがあります。 「こんなに大変な思いをしたのに、なぜ人はまた同じ地に住むんだ ろう」ぽぽいの実家は洞爺湖です。昭和・平成に3度も有珠山が噴 火しました。でも、地元の温泉街にはみな戻ってくるんですね。 灰を取り除き、傾いた屋根を修理し、散らばった家財を拾い集め、 そうして、また暮らし始める。大変な思いをした分、家に土地に一 層、愛着が増すそうです。
みなさん、今住んでいる家に、部屋に愛着はありますか?  家は、人がすまないと途端に傷みます。住んでいる人と一緒に呼吸 しているんだそうです。風を通し、手入れをし、声をかけてあげる、 気持ちがそこに向いているだけで、家は部屋は喜ぶ。 お片づけは、その始めの一歩なのかもしれません。
   「今はちょっと忙しいのぉ〜ごめんね〜かまってあげられなくて」 とりあえず、そんな一言を言ってあげてください。

vol.17 [ステップ]

使ったモノは、すぐに元に戻した方がいいことは、わかってはいて も、いつもすぐにそうできるとは限りません。玄関でふとバッグを のぞいて見つけた消毒薬のキャップ・・・「これで輪ゴムとビニー ルにおさらばね」と思っても、居間の薬箱に戻す時間はない・・ ひょいと靴箱の上に置いたまま、気がつけば、ひと月半!
モノを使い終わった後、元に戻るまでのステップ、数えたことあり ますか?きっと、ひとりひとり違うんだと思います。そして、その ステップの数の少ない人ほど、きちんとさんに近い(きっと・・)
   具体的に片付けることをしなくても、この「ステップ」を減らすこ とを一度じっくり考えてみませんか?ちょい置き・迷い・ひと手間 を惜しむなどのクセに着目し、置き場所を工夫することで、めんど くさいのランクが、ちょっと下がるかも。。

vol. 18 [戻す]

お片づけのエキスパートって、なんの職業でしょうねえ。 家事評論家?収納名人?ホームセンター商品開発部のひと? 家事代行業・インテリアコーディネーター・雑貨屋さん・・・
ぽぽいは、コレだと思うー図書館司書! 分類と管理と検索のプロですよぉ〜この方達は! というのも、はるか遠い日になった高校卒業時、ぽぽいは進学先 を「図書館大学」(当時は短期大学、今は不明)と考えていたの でーす。本に囲まれた暮らしに憧れていた乙女でありました。
で、当然のことですが、高校の図書室に通い、どんなお仕事なの かを観察する日々でした。その時感じたのは「体力が要るゾ」と 「戻すことが多いナ」のふたつ。本は重い!そして、借りる人は 自分で探して持参するからいいが、戻すのは司書さんのお仕事。 あの書籍の海の中を、地図(?)を頼りに正確に元の場所に戻すー これはやはりプロの仕事でしょう。
お片づけも、大半は「戻す」お仕事です。ええ、出すヒトは勝手 にひょいひょいって出して使って、そのへんにポイ。戻そうにも 元の場所がわかっていないと、戻せない。 一家にひとり、家中のモノの在り処を把握しているエキスパート がいないといけないんです!
そう、それがアナタなのかも。

vol. 19 [複合機]

4年前に買ったデスクトップパソコンは、スキャナとプリンタと セットでした。ディスプレイも大きい。CD−RWの機械も後づ けし、これはやはり専用デスクがいるでしょう〜というレイアウ ト。その後、ノートPCになり、先日とうとう、コピー・プリン タ・スキャナ・デジカメプリンタの複合機を買いました。 その結果、デスクも要らないコンパクトなセットに変身。
何かの道具を買う時に、「用途がひとつだけのものは買わない」 という主義の家事評論家の方がいらっしゃいました。 缶切りも、穴をあけるのや、コルク抜きもついているもの。 オーブンじゃなくてオーブンレンジ。カップも、和洋中、どの お茶も飲める陶器のマグカップ。たとえ専用の道具でも、手に とって「これはパスタすくいの他に何か使えないか」と考える。 思いつかなかったら買わずに、家のあるもので間に合わせる徹 底ぶり。でも、そのうちに、道具自体を買わなくなったそうで す。「工夫すればなんとかなりそう」と発想が変わったそうで。
お道具はお道具。なくて苦労したことが、道具を使うとちょい ちょいってできる経験はよくあります。でも、ベンリに惑わさ れて、ちょっと手と頭を使えばできることに、余計な道具を買 ってしまうーそれもままあること。
人生、兼ね合いがムズカシイ。   

vol. 20 [たのしみ」

 お片づけや、家事整理の指南本は数々ありますが、その著者の 皆さんに共通して言えるのは、「楽しみつつ手を動かしている」 ことなんです。「いやだなあ〜」「仕方ないからやるかあ〜」 と言っているうちは、クセにもならないし、気分でムラが出る。 ちょっと視点を変えて、お片づけの作業のひとつひとつに、何 がしかの「楽しみ」や「意味」を見つけてみるのはいかが?
スポーツ選手や、毎日ステージをこなすミュージシャンさんは 試合や本番前に「イメージトレーニング」をします。 「成功している自分」「喝采をあびている自分」を思い浮かべる。 とちっても、うまくかわしている様子のみを思うようにする。
お片づけは、達成した暁(あかつき)には「すっきり気持ちイイ」 のは容易に想像できます。じゃーんじゃん思い浮かべましょう。 きっちり磨きこんで、新品同様になった炊飯ジャー、写真に撮り ましょう。よぉし!と気合入れて飾り付けた玄関の靴箱の上、 家族のびっくりした顔、友人の賞賛の声の数々、忘れないでね。 奥様雑誌グラビアの「after」かと見まごう「すっきり押入れ」
脳裏に刻み付けて置きましょう。 具体的な「成果」の他にも、手を動かすことー手作業は、ちょっと くたびれ気味のココロのメンテナンスにもいいようですよ。 ぽぽいは、カラダは疲れてないのに、ココロがふさいじゃう時、 ボタン付けや土いじりをします。無心に作業に没頭することで、 バランスが快復してくるようなんです。

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