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  ぽぽいのおかたづけ革命


vol. 21 [自分量]

家中にモノがあふれていて、どうしても片付かない・・・ 片付けても片付けても、すぐに元の木阿弥・・・
こんな風に嘆いている方の家のお写真(奥様雑誌などの)を見ると  「どう考えても、4人家族の持ち物の量じゃない」 お片づけナントカ隊のみなさんが手をつけるのも、まずは 「モノを適量にすること」捨てたり、人にあげたり、売ったり。
指南本にも、「適量シート」なるものがあったりして、 「マヨネーズは使いかけプラス1」なんて・・・ふうん。
なんで「ふうん」かといえば、私は、「あ、もうそろそろないな」 と気がつけば買っておくけど、なくなったら、それはそれ、 「マヨネーズなしの食卓」になるだけのぽぽい家・・・ そう、ストックはありません!
家の中に、何がどれだけあればいいのか。
それは、もう「自分量」「我が家量」!!これにつきます。 他人に決めてもらうことじゃあ、アリマセン。
片付かなくて困っているのは、「我が家量」以上にモノがあるから ですよ〜〜ほんとにマヨネーズ3本もいるんですかい? 安売りのサイクルより、食べるスピードが早い?

vol. 22 [現状認識]

何事もそうでしょうが、目の前の惨状!をナントカしようという場合
やみくもに手をつけるのではなく、やはり「現状認識」が不可欠。

現状認識は、目の前の状態を「ありのままに受け止める」ことと
現在の自分のお片づけ能力(時間、仕事、体調、環境などから鑑みた)
の2点を把握することです。
目標だけ高く掲げても、結局は「できなかった」結果で自分を苦しめるだけ。
自分にキビシイ人ほど、このギャップで、気持ちの方が萎えてしまうケースが
多いように思われます。
毎日のことですから、めげない工夫を、
そして小さくても、達成感を味わえる作業を心がけることです。
達成感は、自分の能力のちょっと上を目標とすることで、容易に得られます。

「なんとかしたい」目標にも、段階があって
    A 理想とする状態
    B 完璧ではないけれど、満足できる状態
    C とりあえず、毎日が過ごせる状態
    D 今できるだけのことをした、その結果にすぎない状態

せめて、Bの思いを味わいたい。
でも先にあげた「能力」がとてもBには届かないという場合。

     「ポイント攻略」をおすすめします。

お片づけは、際限ない家事です。
「やっちゃおう〜」と意気込む時は、家中「全部」がピカピカ!!の状態を
思い浮かべますが、そんなことはハッキリいって「ありえません」
自分の能力からいって、Bの状態に持っていける範囲をしぼります。
引き出しひとつ、棚一段でもいいんです。そこを攻略する。
いったん、リバウンドしない配慮をしつつ片付けた箇所は、
そんなすぐには元の木阿弥にはなりません。
ただ、モノの動きの激しい場所は、油断できないので、
めげやすいタイプの人は、動きの少ない所から手をつけましょう。

ゆめゆめ、自分の能力より、はるか上ゆく目標をたてるベカラズ。 

vol. 23 [動機付け]

一家のシュフのこなす家事に、動機など要るものか〜〜  と、思われがちですが、
ぽぽいなどは、気分にヒジョーにムラがあるもので、
自分をその気にさせるのは、とても重要なファクター。

  春ですよ〜みなさん。
  窓を開けて、暖かい空気を胸いっぱいに吸い込むと、
よおし!!
  という気にもなろうというもの。
  雪が解けて、土が見えると、  そろそろ、お花の苗でも見に行こうかなーと思うし。
  おっとその前に、お出ましになった「積雪以前のあれやこれや」を片付けなくっちゃ。

イマイチやる気の出ない時に、何をしますか?
音楽を聴くヒト、化粧をするヒト、友達をよぶ予定を入れるヒト
いろいろでしょうね〜

義務になっちゃうと、ストレス度も大きいんです。
何か楽しみを見つける、なければ?付加しちゃう。
片付いていないお部屋は、時間の無駄遣いにつながることが多いから、
今、お片づけに時間をさくことが、あとから、「たっぷりフリータイム」という
ご褒美につながりますよー。
ぽぽいにとっては、これが何よりの楽しみなのでした。

vol. 24 [ビジネスライク]

ビジネスライクーという言葉は、人間的じゃない、という
どちらかというと否定的な使われ方をしますが、
けじめのない日常がじゃあ人間的なのかい?といえば、そんなことないわけでして。
実際、アメリカの「生活評論家」女史のご著書を拝読しますと
かなり感覚がビジネス指南本に近い。
まあ、暮らし方自体が、ドライなお国なので、そう感じるのかもしれませんが。
ウエットな感性の日本人、そもそも生活は質素、シンプル。
それが欧米化の波にのまれて、モノがこ〜〜んなにおふれているんですから、
ここはひとつ、本家のお知恵を拝借しましょ。

ひところ、日本の収納の神様が「ハウツー」主体だったのに比べると、
欧米の生活評論家の方は、まず「考え方」から入ります。
「モノが多いのは、管理に費やす時間とエネルギーの無駄使い」というわけです。
今家中にあふれているモノー仮に6千点とすれば、半分の3千点に減らすことで、
管理・メンテの時間、スペース、探し回る手間ひま、あらゆる点で
快適度は3倍以上にアップします。
それだけじゃない!
「気分的に爽快」これが大きいのです。
気持ちよさは活力を生みます。
次の作業の糧となるのです。

なので、いつまでも頭の中で「やんなきゃ〜」と考えているだけでは、逆のサイクルです。
気分がふさぎ、エネルギーは失われ、気力が萎え、毎日の家事にもマイナスの影響が。。。
これじゃあ「散らかってても死なないわよ〜!」と開き直った方がまだマシ。

まずは、動き出すこと。

  「3分でできることは、即その場でやってしまう」
名づけて「3分ルール」   

vol. 25 [仮の住まい]

決まった家というのが、今や札幌のベッドタウン化しつつある隣町。
石狩川を渡るだけなのに、全然風景が違うのです。
契約やら何やらで、行ったり来たりしていたある夜、帰りが8時過ぎてしまった!!
ココのガソリンスタンドは、8時過ぎにはみんな閉まっています。
ひやあ〜〜札幌の24時間営業に慣れきっていたわが身を反省。
これからは、気をつけねば・・・

深夜営業のスーパーも24時間のコンビニも、これからは望めないとしたら、
ある程度のストックがないと困るかも・・・
安売りもそんなにしないかもしれない・・
野菜もどっさり採れるでしょう、もらうことも多いカモ・・・mm
だから、田舎の家は広くて、いろいろ蓄えられるのね〜。

何かと便利な都会に住むということは、「身軽で暮らせる」ということなんだなあ。
スーパーは冷蔵庫代わり、ホームセンタ−はストック庫。
きれれば買いに行けばよい。
何かが壊れても電話一本。
なのに、モノをあふれさせている都会人は、
根が「蓄える」のが習いの農耕民族だからでしょうか。
狩猟民族ならば、テントひとつの暮らしですものね。

ぽぽいだんなも私も、理想は「一鉢一衣」のジプシー暮らし。
40も過ぎた夫婦ですが、借家暮らしで終わります(きっと)
いつでも、リュックひとつで次の場所に向かえる身でありたい。
この世は仮の住まい。この体もこの生だけの借り物ですもの。  

vol. 26 [恩恵]

明治〜大正の暮らしぶりを垣間見る思いで、
桑井いねさんの「おばあさんの知恵袋」を読んでいますが、
昔は料理にしても掃除にしても、とにかく「手がかかった」
わざわざ「手をかけた」のではないんです。
少ない手間で家事を効率よく終わらせたい〜は
いくら時代が変わっても、変わらぬ主婦の願い。
桑井さんも「便利な世の中になったものです」と、
進んで電子レンジや掃除道具を家事に取り入れてらっしゃいます。

本当に、本を読むまでもなく、家の中の「お道具」の進歩はすごい。
でも、あまりにも身近すぎて「恩恵」をかみしめているわけじゃない私たち。
これだけ家事が「省力化」したというのに、家の中がいつまでも片付かなかったり、
いつも家事に追われているのはどうしてなんでしょう?ナゾです。

前にも書きましたが、洗濯機が登場して、洗濯が楽になったかー
NO!
以前は三日に一度しか洗わなかった下着を(あ、数字はテキトーですよ)
毎日洗うようになった!
なので、洗濯の回数はかわらない。
2槽式でこうですから、全自動になったらどうなったんでしょうねえ(ウチは2槽式なので)
え?バスタオルもパジャマも毎日洗うの?え?下着は3度3度洗うの?(笑)

vol. 27 [捨てない]

なかなかモノが捨てられない皆さんへ。
ちょっと発想を変えてみましょう。

「これだけは捨てられない」というものはなんですか?
その花瓶はどうですか?そのスニーカーは?雑誌の山は?
  「どうしても捨てられないというわけじゃないけど」
というグレーゾーンのモノってけっこうあると思います。
そのうち、お片づけの観点から見て、邪魔なものはありませんか?

思い切って捨てるという決断までいかないのなら、
中身を書いて箱にしまうのがとりあえずの解決策。
何ヶ月か日を置けば、なくても困らないということがわかります。
「捨てられない」殿堂入りのモノでも、
必ずしも「出しておく」必要のないものもあります。
10年、箱に入れっぱなしだけど、大事なものーありますよね。
「とっておく」ことがイコール「だしておく」ではないのです。
見えないところにしまってあるけど、必要な時にさっと出せるー
これをマスターできれば、お部屋はすっきりするはずですよ〜〜

vol. 28 [空間を増やす]

片付いていない状態は、イコール「空間のない状態」
床ならば、床が見えない。テーブルは表面が見えない。棚ならば隙間がない。
壁・・・モノが積み重なって、下半分がない・・・

目標は、「空間を増やすこと」

散らかりやすいモノの多くは「平面」の面積の大きいモノなんです。
紙・布・袋・・・これらは「立体的」にすると、見た目のカサがぐっと減ります。
重ならないので探しやすい。
紙ならファイルや本立てなど使えますが、布はそうはいかない。
丸めますーセルフで立たない物は、丸める。
100均ショップの重ねられるトレイも使えますが、これは最後の手段。
収納グッズは、捨てる作業が完了してからネ♪

vol. 29 [取りに来たんだ]

とある男の家に泥棒が入り、
男は長年愛用していたステレオがなくなっていることに気づいた。
思い出の曲の数々が流れてきたスピーカーから、
もう音を聴くことが出来ない・・・

男は思った。
「ステレオを取りに来たんだ」
誰が?
神様が。

モノはすべて、神様からの「預かり物」
死ぬ時に持って行けるモノは何一つない。
「ステレオは、自分のところでの役目を終えたんだろう」
そして、男のもとには、新しいステレオがやってくるスペースが増えた。
いや、もうその男にはステレオは必要じゃないのかもしれない。
新しい何かが、エネルギーが、情報が、きっかけが、やがて男には訪れるだろう。

カレン・キングストン「ガラクタを捨てれば自分が見える」の中のエピソードです。     

vol. 30 [使いまわす社会」

ぽぽいは、いろんな音楽を聴きます。けっこう雑食。
ラジオなどでふと耳にして「いいなあ」と思うと借りてきます。
いっとき、さんざん聴きますが、買うまでいきません。
なぜか、聴かなくなっちゃう。「その曲から受け取るエッセンスが、なくなった」のです。
飽きた・・ともいうかな。

レンタルCDのおかげで、モノが増えずに済んでます。
CDの売り上げは落ちたかもしれないけど、
聴ける音楽の量は圧倒的に増えました。
「聴いてすぐに飽きられる」CDを「売る」よりも、
一定の流通量を、「みんなで回して聴く」方が健全です。
じゃあ、プロの演奏家の生活はどうするんだ・・という問題は、それとは別に考えればよい。
基本的には、ナマの演奏で人を呼べる人こそプロといえるはず。

モノもそうです。
さして必要じゃないのに買ったり、まだ使えるのに買い換えたり、
目先の流行に惑わされて買ってしまったり。
そんな「消費」に支えられた産業が、行き詰まるのも当然です。
資源は有限。
モノを使いまわすことこそ、健全な暮らし方といえると私は思います。
モノが売れなくなってリストラされた人には、ぜひ、モノを使い回すシステムを担ってほしい。
税金も文明も科学も、シュフがお片づけに悩むことのないような社会のために、 使って欲しいと思うのです。ほほほ。  

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