ぱぱぱや*おかたづけマガジン

あなたのおかたづけ応援マガジン♪

母のスペースクリアリング3

母の住む村は、ゴミ出しが有料だ。
粗大ゴミの日は月に一度。
たいてい(どこもそうだけど)平日。
月に一度ということは、一年に12回しかない。
これは、ゴミ出しに通うしかあるまい。
というわけで、仕事をちょいとずらし、ゴミ出しに帰ることに。
前日に母に電話。
「明日、帰るからねーシール買っといてね!」
粗大ゴミひとつにつき 160円のシールを貼って出すのだ。
いくつ出す覚悟なんだろうなーーー
が、ここは口出しせずに、本人の決断を尊重することにする。
札幌市内で仕事を一本してから実家へ。
着いたらもう暗かったので、ゴミ出しは翌日早朝ということで。
お土産のコンビニおでんと、母の手料理で夕食。
今年はマジメに里帰りしてるなあ~
先月10日間滞在した妹も、少しがんばってくれてったようで、台所がすっきりしている。
「オネエ(私のこと)やみさ(妹)がきれいにしてってくれたからさあ、気をつけてるんだよ」
おお、すごいではないか!!母。
築50年くらいになるんじゃないだろうか?実家の建物は。
増築した部分でも、もう30年近いもんな。
がんばったけど、もう限界!!という感じなのだ。
今年に入ってから、あちこち傷みだしてひどい。
北海道は雪があるから、その重みで建物が疲労する感じ。
普通は、ちゃんと手入れをして住むんだろう。
土台を入れ替えたり、外壁をやり直したり、屋根を葺いたり。
それをしてなかった我が家は、もう末期の体(てい)だ。
おまけに母ときたら、貧乏性が身に染み付いているもんだから
昔、無料の頃から、粗大ゴミの日に出された食器棚やソファを拾うのだ。
・・・いや、私も時どきやるけどさあ~~
気がつけば、たいして広くもない家の中の、あちらこちらに一人がけのソファがごろごろ。
大きな食器棚も3つ、それに伴って、中味も増殖。
猫が5~6匹自由に出入りしているせいで、茶の間の床はごみだらけだし、
猫が遊ぶモンでカーテンも柱もぼろぼろ、窓ガラスは割れてガムテープが貼ってある。
台所の床は落ちてるし、トイレはいまだ汲み取り式なので、匂いがスゴイ。
家中の部屋の天井近くに棚がめぐらされているが、
地震でもあった日にゃ、なだれをうって箱が落ちてくるぞ。
・・・・・これは、「ゴミ屋敷」と呼ばれて近所のひんしゅくをかう日も近いかも。。。
夏の間の大片づけで、かなりモノが減ったから、天井の棚はだいぶ撤去。
食器棚の中味も、ナイショでリサイクルショップに持ち込んだりして処分。
(ほとんど、何があったか思い出せないモノばかり)
そこらへんにごろごろしているひとりがけのソファは、
足が悪くてふらふら歩いている母には、なんたって危ないから、減らしたい。
トイレの匂いがひどくて、ろくろく眠れないまま翌朝に。
母はこんな家に住んでいて、よく平気だよなあ~
今年、体調悪いって言ってたな(疲れやすいらしい)
来年あたり、建て替えになるにしても、とりあえず村営住宅にでも避難したらいいのに、
どうしても「この家に住み続けたい」というんだから、仕方ない。
「シールは何枚?」
「・・・7枚」
おお。
7つも処分するんだー
内訳~食器棚ひとつ(上下分離タイプなので2つ分)、ソファ3つ(!!)
台車に積んでひとつひとつ指定の場所へ。
「あと2つはどれにするの?」
考え込む母。
・・・・・・・
口出ししないぞ、我慢ガマン。
茶の間のソファ2つを指差して「これ・・・なげる(北海道弁、捨てるってことです)」
おお、そうかい。
ちゃっちゃとシールを貼って台車に積む。
未練は・・・ないね!!
昔は畑仕事をばりばりした母も、年金暮らしになったら、もはや体力がないらしい。
私が帰ってから、また思い直して戻したりしないだろーなーと思ったけど
そんな体力はとてもなさそうだ。
粗大ゴミが7つも減って、いくぶんすっきりしたわが家。
あれ?茶の間のソファのあとに、またソファが・・・
5つも捨てたのに・・・・・まだ5つある・・・
「猫がねー寝る場所いるしさ~~」
はいはい。
早朝のゴミ出しを終えて帰る車中、ノドがひりひり寒気がする・・・まずいなー
札幌に着く頃は熱が出てしまった~札幌からさらに一時間、ふらふらしつつ運転。
病院へ行くと、熱が38度6分、うーん。
午後からレッスンだったが、発表会前に子供たちに風邪をうつしてもまずいので休業。
一週間たった昨日、母から電話。
・・・・なんだか、やたらに元気だなあ~
スペースクリアリング効果かな。
「熱出たさー」
「えー、ヨワイねえ、あんたは~」
けーーー、ナニイッテンダヨと、子供の私がぶーたれる。
ま、母が元気ならいいかっ 

Read the rest of 母のスペースクリアリング3

母のスペースクリアリングその2

先週に引き続き、今週も里帰りー実家のおかたづけ。
年に一度の里帰りの妹は、どうにも「まったりのんびりモード」で
とても作業のできる様子じゃないことを悟る。
まあな。近くにいる子供になるよな、やっぱりーと思ったら、妹いわく
『あたしはさ、オネエみたいに物捨てられないよ』
うらやましい~というんではなく、ちょっぴり非難めいてたりする口調。
・・・これは、母に泣きつかれたな~
私一人、ワルモノになった気分で、少しテンションが下がりそうになる。
が、引越しが決まったからって、京都・横浜から妹たちが来るわけでもない。
そうだ、今のおかたづけは自分のためなのだ。
母のためーとか考えるから、文句言ったり、協力しない母や妹に腹が立つのだ。
そう割り切って、ひとり黙々と倉庫の片づけをする。
かたづけられない、掃除も苦手な母は、典型的な「農家の母さん」だ。
小さい時から、妹達の面倒をみながら、男にまじって、ばりばりと農作業をしたし
結婚してからは、店もやりつつ、子供も3人育てた。
のんびりじっくりかたづけたり、家を飾ってみがいてーなんて「夢」
いつも動物を飼っている家だったから、匂いもするし、掃除も行き届かない。
加えて、病気がちだった(2回も手術をした)から、家の中は、今思えば「悲惨」だった。
それでも、子供は育つし、生活は成り立っていたのだよな。
こんな母に育てられた3人姉妹(私は長女)、そろって掃除やおかたづけは苦手だ。
おそらく、どうすることが「掃除してかたづいた」状態なのか、わかっていないのだと思う。
すぐ下の妹は、子供もふたり育てつつ、だんなの両親と同居だったから、苦労したろうなー
帰省中の末っ子も、だんなのお母様は「台所ぴかぴかよー」という方らしく、ひと昔前のように、
イヤミを言われることはさすがにないけれど、やっぱり「夫の視線がイタイ」というー
私も似たようなものだが、最近は「気になる方が掃除しよう!」ということにしたケド。
幸い、私は仕事がら、他所様の家にお邪魔することがたびたびあり、
農家でもきちんと暮らしているおうち、ママが紅茶とケーキを出してくれるハイソなおうち、
ひとつひとつの雑貨もおしゃれなシャンソン歌手さんのおうちなど、いろいろ拝見できた。
「そうか、こうやって暮らすのか~」目からウロコ!もたびたび経験した。
豪華な家具がなくても、きちんと手入れをし、整頓し、必要なものだけに囲まれ、
ていねいに、日々の暮らしを楽しめるー
いつのまにか、そんな暮らしが私の目標になった。
人生の最後の住処が老人ホームーという方ともたくさんお会いした。
施設に入る時は、本当に身の回りのものと、個室があたれば家具数点しかもっていけない。
入居を決めた時点で、高齢なため、自分では始末ができないことも多いときく。
まずはーと、子供さん一家と同居した場合も、住宅事情はきびしい
(たいてい、部屋ひとつ)から、持ち物はかなり厳選しなくてはならない。
いきなり入院してそのままお亡くなりになったりすれば、家一軒、丸ごと誰かに
始末を頼むことになる。
そうなればもう、何もかもいっしょくたの「処分」-「思い出」どころじゃない。
数年前、叔父が施設に入った。
叔父はずーっと「やくざな独り暮らし」だったので、始末は妹の母がした。
叔父は長男で、母の実家の家具や仏壇をそのまま使っていたから、
母にとっても懐かしいものばかり、結局ほとんど母が引き取った。
つまり2件分の調度品や生活用具があるのであーる。
それよりも、男の独り暮らしの始末で、さんざん大変な思いをしたでしょうに、
自分も人にそれをさせるつもりなのかなあー
子供だから、するのが当たり前と思ってるのかな。
口では「子供にメイワクはかけない」なんて言ってるけどなーと、今日はぶつぶつ愚痴モード。
高度成長と共に育った私でさえ、モノを捨てられるようになるまで、意識のチェンジが大変だった。
モノのない時代に育った母が、モノ余りの時代の暮らし方に対応できないのは仕方がない。
でも、「自分の人生の後始末」は、持っているモノの量に関係なく出来るはず。
結局、「どう生きてきたか」ということに集約されるのかも。

Read the rest of 母のスペースクリアリングその2

母のスペースクリアリング

週末、実家で一人暮らしの母のところに帰っていた。
母が住んでいる家は、まだ家族が一緒に暮らしていた頃に建てたものだ。
その頃で、すでに築30年くらいという建物に、二部屋増築し、敷地は広いので、倉庫も建て、
家電販売店をやりながら、家族5人が住んだ。
その後、娘3人は就職・結婚で家を出、父も訳あって出、今は母ひとり。
風水や方位学?や、その他もろもろによると、この家は家相的によくないらしい。
建物自体にでこぼこが多い上に、風呂場・トイレが表鬼門に裏鬼門。
男がいつかず、女も病気になる・・・・・大当たりだ。
でも、結婚して子供も生んで育て、初めて自分たちの力で土地を買い、家を建てたので
母は「何があっても一生住み続ける」という。
が、そんな母は、幸せとはいいがたい人生(本人談)を送っている。
着のみ着のままで、農家を継がず、山から一家で出てきたというのに
その後の、ん十年で、モノは増殖し続けた。
母は世代から言っても「モノを捨てられない」上に、貧乏な暮らし続きで
「いつ、必要になるかわからない」という強迫観念をいつも抱いている。
農協ストアもコンビニも、歩いて2分なのに(家業が店だったから、家は村の中心地にある)
冷静な時は「そうだよねえ~ティッシュ一日くらいなくても、死なないよね」とはいう母だが
ストックを切らすことはない。
最近はそれに加え、体調が思わしくなく、外に買い物に出られない日もあったりするので
なおさら「溜め込む」
ストック品はまだいい(一人暮らしなのに、柔軟剤の詰替が7個もあっても!)いつかは使う。
食料品も、腐れば捨てられる。
捨てられないのは「衣類」
そして、人が捨てるというと「もったいない」と、食器だなやソファを拾ったりもらったりするので
一人暮らしだというのに、ソファや椅子が10個以上あるし、食器棚も大きいのが3つもある!
わけわからない「飾り物」や、捨てるに忍びない「子供の思い出」
・・・子供はもうみんな中年でアール。
来年、家の前の道路が拡張となる計画があり、
立ち退き(または家の建て替え)に補償が出るらしい。
ここ2年くらい家の傷みが激しいので、こちらとしては願ってもないこと。
で、問題は「引越し」
敷地に奥行きはあるから、奥に建っている倉庫に家財道具は入れておけるが、
倉庫も満杯だし、いづれにしても、不要なものを捨てるチャンス!!
『ガラクタを捨てれば自分が見える』
を座右の銘の書としている私としては、
いいことの少なかった母の人生が、この引越しで、なんとかならないかと思うのだ。
それにしても、「不要品の処分」に対する母の抵抗はものすごい。
家中にめぐらした「天井近くの棚」に上がっている、ダンボール箱の数々をおろし、
中味を引っ張り出し、あるべき場所におさめ、処分し、箱をつぶしーーー
その私の作業の間中、横にへばりついて
「それはだめ~」「もしかして使うんだから」「好きなものなんだから」「自分でできるってー」と、
捨てることにありとあらゆる抵抗をする。
母もオトナだし、プライドもあるだろう、捨てる捨てないは個人の判断だしーと、一応、
意見をきき、自分で判断してはもらうのだが、ほっといたら捨てることなんてできやしない。
最初は「でもね」と説得しようとしたが、ある時点から「理性」ではなく「感情」の
領域であることを悟り、反論せず、黙々と作業をこなす娘。
私が手を止めないと、母はだんだんヒステリックになり、泣き喚かん寸前、
そこらへんで「そお?」と3回に1回は言うとおりにしてみるー
この繰り返し。
私もさすがにむーっと来るので、これが出来るのはせいぜい一泊二日。
ま、親子だから、いつまでもぐずっていないし、野菜をどっさりもらって帰るんだが、
母も、ひとりになって、思い返せば、けっこうさっぱりしているらしいのだ。
先月末に、さんざんわめかれて強行して帰った後も、自分でぼちぼち続きをしたようだし、
「すごくきれいになって、気分がいい」とも言っているから、やっぱり一度は、
他人の手でやってもらわないと、「クリア」な気分は体感できないものだのだな。
母は幸い、やたらに「入れ物」は多いけれど、整頓ベタで、中はスカスカ、
びっしり詰め込んでいるわけじゃないので、モノ自体は少なかった。
家具や収納グッズを減らし、モノをきっちり納めればすっきりする。
数年前、義母の家の処分に行った時はタイヘンだった。
義母は「きちんと」暮らす人だったから、収納庫や押入れ、物置に、
びっしりモノが詰め込まれていて、それも、モノに執着が強く、多趣味で、
お金もある人なので、迷いなく捨てられる「ゴミ」などはない。
どう処分しようかーで、ムスコ二人は頭を抱えていた。
ヨメも、やたらと数だけある、食器やら衣類やら花瓶やら書やら傘やら、
いちいち義母の講釈をききつつ、箱に収めた。
「モノは増やすまい」と心に誓いつつ。。。。
ひと一人の人生を総括することは、たいへんなことなのだ。
たとえパートナーでも、他人にはわからない事情が愛着が思い出がある。
だから、そろそろ今生とはお別れー残り時間を意識するようになったら、
自分で整理するのが望ましい。
誰かにやってもらうと、どうしてもその人を「恨む」ことになるもの。
来週は、妹が里帰りするので、娘ふたりで、「鬼のように」スペースクリアリングを断行します。
恨みも半分ですむかなー 

Read the rest of 母のスペースクリアリング