4月 9th, 2007 at 10:03am |
私の小さい頃は、お風呂は外にありました。
集合住宅も共同のお風呂だったし。
一軒家になってからも、なぜかお風呂は外付けで、
(昔は、内風呂という感覚がなかったんだなあ。
でも、ほっかいどーなのよ)
2軒目でやっと、家の中のお風呂になって
母は「ようやく子供が寒い思いをして風呂に入らなくていい」と
ほっとしたそうです。
昨日、写真の整理をしていて、
小さい頃のことをあれこれ思い出してました。
私が中学まで育った村には信号機がなくて、
高校から、室蘭に下宿したんだけど、
父に、真面目に、交通事故を心配されたことがある。
(実際、赤信号で渡ろうとして止められたもので)
そんなだから、結婚して札幌の貸家に住んで、
うれしかったこと
・ひねればお湯が出る
・シャワーがついたお風呂場
・ダイニングテーブルで食事ができる
・トイレが洋式水洗
そして、今の家にきて、うれしかったこと
・シャンデリア風のリビングの照明
・暖炉風の作り付け棚
(実際はセントラルヒーティングが埋め込まれていたらしい)
・ちゃんとカギのかかるトイレ
(今までは、ひっかけ金具だった)
・車庫!!!シャターつき!!
と、列挙していたら、ぽぽいだんながしみじみと
「うれしいことがいっぱいあるなあ」
そうです。
原始的に育った方が、幸せが多いのだ。
文明の利器のありがたみを、しみじみ感じる人生です。
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2月 28th, 2005 at 3:12pm |
幸せってなんだろう。。。
いきなり、なんでしょう??~ですけど。
私は、北海道生まれ、北海道育ち、北海道在住の 『O型』
おおらかでおおざっぱな典型的なO型ニンゲン。
加えて田舎育ちなもので、わははとゆかいに大きくなったかも。。。
の人生です。
ぽぽいだんなは、都会育ちのおぼっちゃまくん、
キビシイお義母さまに育てられたのも手伝ってか、
けっこう細かくてキムズカシイ一面もあるし、
もののマイナス面をみてしまうし、思考も「悲観的」
つまり 『幸せを感じにくい』体質ーなんだそうな(本人談)
なぜ、こんなハナシになっているかというと、いつもぽぽいだんなに
「キミって幸せが多いよなあ~」
と言われるわたくしなのです。
今日も、仕事から帰り、玄関でスリッパをはいて居間へ。
「ただいま~」
「おぅ、おかえり~」(冬は冬眠状態の営業マン)
スリッパをぱたぱたぱた・・・・・「あのさ」・・・・
「だいぶスリッパの生活にも慣れたよ~社長夫人の気分だよねえ」
「・・・・・」
ノーコメントのぽぽいだんな。
「何とかいってよー」
「・・・・だって、何をコメントしたらいいんだっ!」
フロアの生活をしたことのないわたくし、
スリッパも履きなれなくて、どこかに脱いで置いてきてしまう日々でしたが、
さすがに冬は足元が冷え、履きなれてきたのです。
今の家は田舎の豪邸なので、ぽぽい家の収入でも家賃を払えるのですが、
作りは本当に小金持ちの邸宅風。
昔、稼動していたらしいセントラルヒーティングのヒーターが各部屋にあるし、
居間には暖炉風の作り付けの飾り棚、
寝室は作り付けの三面鏡にクロゼット、
なんたって廊下が広い!
子供部屋がひとつとれそうなのです。
これだけでも、「へぇえええ~~」なのに、あまりにも今までの住環境が悪かったために、
「うわぁ、こうなんだ~~」とカンゲキすること多し。
ひとつ、トイレにカギがかかる!
(ドアのノブの真ん中を回すだけなんだけど、
今までは、引っ掛け金具しか見たことなかったーー情けない・・・)
ひとつ、キッチンがダブルシンク(使いづらいけど)
ひとつ、換気扇がレンジフード(あの、ハネの見えてるやつじゃない!)
ひとつ、ボイラー室がある!(一坪も~~~)
田舎から札幌に出てきた時も、
「換気扇がついている」
「蛇口をひねればお湯が出る」
「ダイニングテーブルで食事ができる」
「洗面所がある」などなど、
今では、え~~あったり前ジャン!ということが、いちいちうれしかったものでした。
ほんとに、いったいどんな住み方してたんだか・・・・
(私の田舎がみんなそうじゃなくて、わが家がそうだっただけですよ~)
父方のジイちゃんとこは、私の家よりさらに奥地で、
私が中学生の頃まで、家に電気が行っておらず、
家の近くの小川(小さい滝になっていた)で水力自家発電してました。
発電量が小さくて安定しないから、冷蔵庫も使えず(スイカは流水で冷やしてた)
TVも電灯も暗くなったり明るくなったり・・・・
戦前の暮らしでした、まさに。
そんな暮らしを抜け出したかった父が、
商売を始めるために借りた最初の家は、家の中に風呂がなかったので、
戸外に建てた簡単な小屋に浴槽と風呂釜をセット(それが商売だったので)、
雪の吹きこむお風呂だったもんで、
母は「早く子供を家の中の風呂に入れてやりたい」と思ったとか。。。。
あんまり覚えていないけど。
食卓も丸い「ちゃぶ台」、トイレも汲取り式。母がひとりで暮らす家の台所は、
いまだに瞬間湯沸かし器もないし、玄関のカギもつっぱり棒、
猫の出入りする穴が空いてたりして、暖房効率悪い事、この上なし。
これだけ、原始的な育ち方をしていたから、
結婚して札幌に出てきてアパートを借りたら、
「まあ~~~うれしーーー」の連続。
一方、小さい時からハイソサエティな育ち方のぽぽいだんなは、
「???」で、
「キミは幸せが多いんだなあ~」のセリフとなったわけです。
でも、その原始的な暮らしが 『不幸』だったかっていうと、
そんなことはないですよねえ。
こんなもんだ、って思ったも、子供だったから。
というと、ぽぽいだんなー
「それはな、キミが不幸を感じにくい体質の子供だからじゃないのかっ??」
えー、だってまわりも似たようなもんだったよー
・・・・いや。
ちがうな。
原始的な暮らしはしていたけれど、子供の教育には手を抜かなかった母は、
「ピアノを習いたい!」という、
生活レベルからいったら、無謀ともいえる娘の望みを、
だまってかなえてくれたのです。
田舎村ゆえ、ピアノの先生は隣マチから出張レッスンでしたが、
受け入れ先の御宅(生徒のひとりの家)は、居間に応接セットがあり、
マホガニーの食器棚の上には金ぴかの置時計、
白いエプロンのお母様が、
レッスンに集まった子供たちにも紅茶とケーキを出してくれるようなお家だったな。
私みたいに 「おとーちゃん、おかーちゃん」と言ってる子は、
そもそもピアノなんか習わず、
母はずいぶん、お母さん同士のお付き合いに苦労したらしい。
自慢するわけじゃないけど、そんな私がわりあい弾けた方だったもんで
(一応、今お仕事にしてるしね)
当時はよくわかんなかったけど、
一度、私が発表会に弾くことに決まった曲を、
他の上品なお母様のクレームにより、そこの子に取られちゃった!
というエピソードもあったらしい
(くやしかった母に、しばらくきかされた)
いや、そんなハナシじゃないぞ。
田舎でもハイソなお嬢様育ちの子はいたのだよ。
ただ、私の友達がね、手ぬぐいで湖水のサカナ(どんべ、っていってた)をすくって
遊ぶような子ばっかりだったからなー
その後も、両親がモメて、結局、離婚しちゃったり、
店が倒産して大学進学をあきらめたり、
そりゃ、人並みにいろいろあったけど。。。。
不幸な人生と思ったことはないなー
「ほら、不幸が少ないダロ?差し引き、幸せが多いのさっ!」
・・・・そ、そうね。
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