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	<title>ぱぱぱや＊おかたづけマガジン</title>
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	<description>あなたのおかたづけ応援マガジン♪</description>
	<lastBuildDate>Thu, 06 Nov 2008 10:02:02 +0900</lastBuildDate>
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		<title>ふたつのスッキリ</title>
		<description><![CDATA[ぽぽいだんなも、仕事に、趣味に、ＰＣを駆使するようになりました。
お互い、スキをねらってＰＣの椅子を奪い合う日々。
まあ、ＰＣは、下手をすると、ずーーっと使う羽目になるから
かわりばんこでちょうどいいかな～とも思ってましたが
ＨＤがいよいよ満杯になり、
　「キミのソフトがデカイんだぞぉー」とにらまれ
（確かに、音楽関連は、アプリケーションもデータも容量が大きい）
私も実家に泊まるときにほしいので、中古でノートＰＣを購入しました。
あれこれと設定し、私の分のソフトやデータを移し、
ブラウザのお気に入りやクッキーも移動し。。。
このふたつだけでも、移動できるだけラクだけど、
手動で設定するものもけっこうあり、
やっと同じように使えるようになるまで、２日がかり。
ついでにバックアップもとって、マイドキュメント内もおかたづけ。
ＨＤもメモリも、そんなに容量が大きくないから、
余分なものを置いておく余裕がない。
これも、いいかもなあ～
すっきり！！
で、このＰＣ、某ショッピングモールのポイントを使って買いました。
実は、ここのメールアドレスに、毎日大量にスパムが来て
それの削除に追われておりました。
迷惑メール対策なんかじゃ追いつかない。
でも、アドレスを変えられないシステムらしいので
アカウントを取り直すべく、ポイントを使い切ったのでした。
ブログも閉鎖。
ある意味、すっきり！
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		<link>http://papapaya.info/wp/archives/255</link>
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		<title>おひとりさまの老後</title>
		<description><![CDATA[
おひとりさまの老後
上野千鶴子著
法研社刊
結婚していようがいまいが、世界一長生きの日本女性は、最後は「おひとりさま」になる（確率が高い）。
そこで、元気なうちに、セーフティネットを準備し、予備知識を得ておこう、というのが、この本の狙いだ。著者である東大教授の上野千鶴子さんも、おひとりさまの一人。「どうすれば安心して老いと付き合っていけるか、そして心おきなく死ねるか」を問いながら、その心構えや覚悟、今の社会に必要な情報やハイテクの現代ならではの便利なツールまで、幅広く先達や専門家の意見なども交えて紹介。住まいやお金、どんな介護や医療を受けて、最期は誰に何を遺し、どう終わるか。
社会学者の視点で、「老い」のさまざまな問題点も浮き彫りにしながら、自身の問題としても考察する。
上野教授、久々の書き下ろしである。
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		<link>http://papapaya.info/wp/archives/164</link>
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		<title>捨て体験</title>
		<description><![CDATA[実家の大量のごみを、ごみ処理センターに持ち込みました。
初めての体験だったけど、面白かった！
位置を確認しようと電話すると
「でっかい煙突があるから、すぐわかりますよー」
確かに、すぐわかった。でかい。
目一杯ごみを積んだ車で、指示された建物の横手に行くと
まず、車ごと重さを計量。
ゆるやかなスロープを登り、入り口のシャッターがゆっくり開く。
わらわらと、防塵マスクをしたおじさんたちが小部屋から走ってくる。
・・・な、なにごと？？
「燃えるごみと燃えないごみを分けてくださいねー」
ごみを捨てるのは、自分でするのが原則。
もえないごみを捨てるのは、
ビルを丸ごと埋め込んだような巨大な穴の中。
大量の、お役目を終えたモノの山、山、山。
家ではあんなに邪魔くさかった家電品が、ちっぽけに見える。
燃えるごみは焼却炉へ。
あの煙突だなー。ビニールとかもＯＫの、高性能炉らしい。
空になった車を、帰りに再計量。
捨てたごみの重量分、お金を払う。
１００ｋｇまで５００円。
実家の田舎も、最近はごみ有料化で、４０?袋一枚８０円。
割安な気がする。少なくとも業者に頼むよりは安い。
あんまり面白かったので、帰ってから「面白い」と連発したら
物見高い母、「行ってみたいー」
そうかい。
それもいいかも。
モノへの執着がぽとりと落ちます。
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		<link>http://papapaya.info/wp/archives/254</link>
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	<item>
		<title>捨てるモード</title>
		<description><![CDATA[大好きな田口ランディさんのコラムを読んでいたら
　「人類は、捨てることに慣れていない」
という趣旨の一文があり、いつもながら、「そうそう！」と
ひとりで相槌を打っておりました。
（ランディさんは、私が言葉にできないもやもやを、スパッと
　文章にしてくれる、すごい方だと思う）
「捨ててもいい」「捨てなきゃならない」というライフスタイルは
本当に、ここ数年でてきたことで、それまでの何百年、
人類はモノのない時代に生き、モノを渇望していた。
ここ数年、モノがだぶつきだしたからといって、
急に捨てられるものではない。
そう、思考も身体もライフスタイルも「捨てる」ことに慣れていない。
だから、「捨てた方がいいのよねえ～」と思っていても
なかなか捨てられない、これは当たり前なのだ！
捨てることには罪悪感がつきまとう。
これも、自然の感情。
逆に、捨てることが平気になってしまうことの方が恐ろしい。
それでも。
器（家・部屋）の容量をオーバーしている場合には
どうしかしなくてはならない。
捨てずに物を減らすことを、真剣に考えたいと思う、この頃。
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		<link>http://papapaya.info/wp/archives/256</link>
			</item>
	<item>
		<title>頭のいい整理・整頓術、教えます</title>
		<description><![CDATA[
　　　　　『頭のいい整理・整頓術、教えます
　　　　　　　―モノを活かしきる暮らし方を目指して』
　　　　　　　　　　阿部絢子著　リヨン社刊
　　　家事評論家、阿部絢子さんのかたづけ指南本です。
　　　理論だけでなく、実践的なアドバイスもあり
　　　また、何かを購入するときの心構え～といった
　　　アドバイスも役立ちますよー
]]></description>
		<link>http://papapaya.info/wp/archives/258</link>
			</item>
	<item>
		<title>きっかけ</title>
		<description><![CDATA[なんだか、母ネタばかりですが（笑
我が母ながら、母は「頑固」です。
人から指図されたことをするのは、絶対に嫌。
だから、何か「提案」するときも、断定せず
　
　「よおく考えた末に、自分で決めた」
ようにもっていかないといけません。
なんとまあ、心理的な駆け引き。。。
それでも、来年か再来年には、道路の拡張のために
家を取り壊し、ずっと住む場合には建て直し
　（非常にびみょーなところですが）
となれば、家の整理は必須。
「何年も着ていない服、なげよう（処分）かなあ」
　　注；なげる＝捨てる　北海道弁です
おお、その気になったかい・・・とは、おくびにも出さず
私「そお、もったいないんじゃない？」
と、ちょっと反論してみる。
母「いやあ、少しすっきりさせないとね！」
ふむふむ。
なんの影響かはわかりませんが、
戦前生まれの母にしては、かなりの決断であります。
おかたづけは、何かきっかけがあれば、はずみがつくもの。
とりあえずの予定はなくても、引越しを想定しての整理、
トライしてみませんか？
]]></description>
		<link>http://papapaya.info/wp/archives/257</link>
			</item>
	<item>
		<title>サイト更新しました～</title>
		<description><![CDATA[メルマガのコンテンツを再アップです。
「私説　おかたづけ学」～おかたづけ傾向と対策　scene7～9
つらつら書いたことなども、ここにアップしておきますね。
]]></description>
		<link>http://papapaya.info/wp/archives/163</link>
			</item>
	<item>
		<title>気づき</title>
		<description><![CDATA[娘たちの反対・心配の大合唱もなんのその、
強引にひとり暮らしに戻ろうとする母、
懐柔策として、京都の妹がしばらくいてくれることになりました。
ほぼ３０年ぶりの同居です。
それも、大人同士としては、初めての・・・
（長女の私は高校卒業後も、しばらく家に残って仕事してました。）
案の定、３日目に大喧嘩をしましたが、
その後はなんとかやっているようです。
退院後が心配だったので、離れている私はまずはひと安心。
で、その原因はというと。。。
主婦業も長い妹、敢然と実家の大掃除に取り掛かったのですが
肉親の甘えと遠慮のなさで、母の意向も聞かず、モノを処分してしまう。
・・・いえ、私もその傾向があり、いつもけんかになるんですが。。
母の「大切」と、子供（いつもは住んでいない）の「必要」は違う。
こんな当たり前の事実に気づかず、「捨てようとする」
頭ごなしに「いらないでしょ！！」と言っても、抵抗する母。
どう見ても、それがゴミにしか見えない娘たち。
母のモノへの執着は、なんどかメルマガにも書いていますが、
モノだけではなく、恨みつらみや、土地や家、ふるさと、いろんな事に
執着しているんだということが、今回つくづく思い知らされました。
「執着」は「こだわり」とは違います。
こだわりは、いい意味で使えば、自分スタイルの確立につながる。
執着は、幸せの入るスキマをあけられないことになる。
そこを、どうしたら母にわかってもらえるかなあ・・・・
「自分で気づくしかない」
ええ、そうなんですけどね。
]]></description>
		<link>http://papapaya.info/wp/archives/259</link>
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	<item>
		<title>インプット</title>
		<description><![CDATA[モノが片付いている状態と、ごちゃごちゃの状態、
どちらが、目に触れている時間が長いですか？
先月、模様替えをした後、仕事がヒマなこともあり、
キープを心がけていますが、
だんだん、片付いた状態のイメージが強くなってきた気がします。
　　片付いた状態　＝　いつもの状態
がインプットされたみたいです。
こうなると、ごちゃごちゃしていると気が気じゃないので、片付ける。
これの度が過ぎると、ちょっと病的な領域になってしまいますが、
まあ、それはそれ、今ができるんだから、やってるさあ～のノリ。
家中～は、いきなり無理なので、ひと部屋、一箇所からトライ！！
]]></description>
		<link>http://papapaya.info/wp/archives/260</link>
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	<item>
		<title>日付入りおにぎり</title>
		<description><![CDATA[退院を控えた母が、「付き人付き」（私）で、２泊３日の外泊をした。
一月の緊急入院以来、初めて自宅に帰る。
母は、半分ノラの猫を何匹も飼っていて、
猫たちは家と外を自由に行き来している。
子猫もいる。
だから、おそらく、すさまじいことになっていると思って帰ったら
案の定、家中しっちゃかめっちゃかのゴミ屋敷だった。
外泊といっても、まだ１０日あまり病院にいなければいけない母は
無理せず、体ならし。
食事も掃除も私がし、母はもっぱら猫を愛でていた。
（それでも、病院に帰ったら、２日間はめまいがひどくて車椅子だった）
当初、週末土日の一泊二日の予定だったが、
月曜日までのばしたのは、お役所やヘルパーステーションなどに行って
母の住む町の介護サービスを聞いておきたかったから。
母の調子をみて～と思ったら、案外元気そうなので２泊にした。
月曜日、社会福祉協議会の窓口に行く。
田舎ゆえ、知った顔ばかり。
顔の知らない若い人も、おそらく「○○さんとこの２番目さあ～」で、わかるはず。
一昨年までは、人口２０００人弱、７００世帯の小さい村だった。
（今は隣町と合併した）
歩くのがおぼつかないこと、めまいが突然ひどくなったりすること、
家がオンボロで、危険なこと、外出やお風呂はひとりでは無理なことなど
母の現状を話し、受けられるサービスを聞く。
今は介護申請中なので、はっきりしたことはいえないが、
けっこう、いろんなサービスが受けられそうだ。
２階にデイサービスもあるので、見学する。
実家の向かいの小間物屋さんのおじさんや、近所のお寺の元住職さんの顔も見える。
みんな、年をとった。
広報誌をみると、けっこう知っている人が７０代で亡くなっているし。
小学校も複式になりそうだし、やはり過疎がひどいなと思う。
純農村で田舎なので、デイサービスもなかなか認知されなかった～と
ケアワーカーさんがこぼしていた。
今も、農家のおばあさんなどは、「家で畑仕事をしている方がいい」となかなか来ないという。
でも、目が離せないおばあさんが、畑に出ていたら、若い人は仕事にならない。
昔はどうしていたんかなあ～と思うが、
昔より今の方が、年寄りが長生きなのだーときいて納得。
そうなのだ、今まで経験したことのない超高齢化社会を、私たちは生きているのだ。
役場の住民課に寄って、書類をもらう。
係の女の子は、実家の隣のKちゃんなので、立ち話。
「母ちゃんが、ひとりで暮らすってがんばって、困ってるよ～」
というと、Kちゃん
「でもねえ、おねえちゃん（と私のことを呼ぶ）、ここね、多いんだよー１人暮らしの年寄り」
子供がよそで暮らしている、仕事も子供（孫）の教育のこともある、家も建ててしまった、
でも老親はここを離れたくない、かといって、子供も帰ってきたとて仕事もない。
「ここから離れない、一人で暮らす」とがんばられては、そのまま「置いておくしかない」
中には、認知症になっても、ひとりで暮らしている人もいるときいた。
「ヘルパーさんがごはんを炊いて、おにぎりにして、日付を書いて冷凍しておく」
それを、電子レンジでチンして食べる。
ため息が出た。
他人事じゃない。
顔なじみのヘルパーさんも
「私らが行っても、２４時間みていられるわけじゃないしねえ、責任もてないのよ。
だいじょうぶなの、母さん、ひとりで？？？」
大丈夫じゃないから相談に行ったんだけど、誰が聞いてもそう思うのだ。
思ってないのは、根拠のない「大丈夫」を繰り返す母、本人、ひとりだけ。
今日、顔を見に行ったら、朝から血圧が高くて、リハビリも控えていると寝ていた。
「どうしたのかねえ、帰ってきてからめまいがひどくてさあ～～」
と悔しそうだ。
疲れたんでしょう、あんなに上げ膳据え膳だったのに、これじゃあ
ひとりで暮らすなんて、無理。。。といいかけてやめる。
悔しくて情けないのは本人が一番に違いないから。
娘に言われなくても、うすうす感じていると思う。
それを、少しずつ少しずつ実感しているところなのだ。
自分を納得させているところなんだと思う。
だから、せめて私が行ける時に行って、納得がいくまで１人で暮らさせてあげたいけれど、
何かあったときに、間に合わなかったらどうするのかーで
私の気持ちもゆれっぱなし。
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